今回は測定のお遊びです。
DJ用ヘッドホンはその用途から大音量で使用されることが多く、そのような使用条件でも音が割れたりせず音質が維持されることが要求されると思います。実際にそうなっているのかは分かりませんが、試しに大音量で鳴らしてみてそういう風になっているという印象を受けた経験はあります。今回はこれを測定で見てみようという試みです。
測定方法は、レビューページにも載せている「100Hz・1kHz・10kHzサイン波の再生」と「位相+高周波歪み」です。この2つの測定は音量を上げるほど不要な倍音や歪みが大きくなる傾向があります。そこで、いつもより大きい音量で測定することによって大音量での音質について何らかの知見が得られるのではないかと考えたわけです。ちなみに、「サイン波応答」や「インパルス応答(CSD)」は十分な音量さえ取れていればほとんど同じ結果になることが多いです。
測定条件はいくつか検討しましたが、最終的にレビューページで公開している測定よりも15dB大きい音量で測定するのが適切と判断しました。これは、10dB以下だとあまり大きな違いが出ず、20dB以上だと不要な倍音や歪みがあまりに多く(大きく)なるため比較しにくい上にヘッドホンにも負担がかかると思われたためです。なお、比較対象として同一メーカーの製品で価格や仕様がなるべく近いものを選び同一条件で測定しました。
それでは早速結果を見ていきたいと思います。
・ATH-PRO700とATH-A900(audio-technica)
重ね書きだけだと見づらい部分も多いので、個々の測定結果も載せておきます。「位相+高周波歪み」の重ね書きは、以下のような色分けなっています(他のメーカーでも統一してあります)。
黒:DJ用 周波数特性
青:DJ用 2次歪み
緑:DJ用 3次歪み
赤:比較対象 周波数特性
赤紫:比較対象 2次歪み
オレンジ:比較対象 3次歪み
「100Hz・1kHz・10kHzサイン波の再生」については、若干の違いはあるものの全体としてはほぼ同レベルの結果だと思います。
「位相+高周波歪み」については、以前の不定期コラムでも触れましたが歪みは相対的な値なので周波数特性と比べてその差を見る必要があります。そうすると、2次歪みはATH-PRO700の方がやや小さく、3次歪みはほぼ同レベルといったところだと思います。ATH-PRO700の方が低域の3次歪みが大きいのは少々意外な気もします。低音再生はDJ用の方がうまそうな気もするので。実際は量だけ多いということでしょうか・・・・・・ 個人的には、低域を大音量で鳴らそうとしているものの実際には鳴らしきれていない、というような印象を受けます。
トータルとしては、どちらかと言うとATH-PRO700の方が良好な結果だと思いますが、正直それほど大きな違いはありません。
・MDR-Z700DJとMDR-XB700(SONY)
「100Hz・1kHz・10kHzサイン波の再生」については、300Hz等で若干不要なピークが大きくどちらかと言うとMDR-Z700DJの方が悪い結果だと思います。
「位相+高周波歪み」については、2次歪み・3次歪みともにMDR-Z700DJの方がやや小さい印象です。ただし、100Hz前後の3次歪みはMDR-Z700DJの方が大きいです。ATH-PRO700でも100Hz前後の3次歪みが大きかったことを考えると、何か共通の原因があるのでしょうか。形状やイヤーパッドの材質は比較的似ていますが・・・・・・
トータルとしては、ほぼ同レベルの結果だと思います。
・K181DJとK271studio(AKG)
「100Hz・1kHz・10kHzサイン波の再生」については、K181DJの方がかなり良い結果です(と言うよりも、K271studioの方が悪い結果と言うべきでしょうが)。
「位相+高周波歪み」については、2次歪みはほぼ同レベル、3次歪みはK181DJの方が小さい印象です。
トータルとしては、K181DJの方が良好な結果だと思います。K271studioは極端に悪い結果のようにも見えますし、確かにこの音量では悪い結果になっているのですが、音量を上げていけばどのヘッドホンもだいたいこういう結果になります。つまり、単にK271studioの結果が悪いと言うよりは、音量をゼロから徐々に上げていったときに音がおかしくなるのが早いという見方の方が妥当だと思います。
・DJX-1とDT770PRO(beyerdynamic)
「100Hz・1kHz・10kHzサイン波の再生」については、900Hzや1.1kHz等でDT770PROの方が余計なピークが大きいですが、全体としてはDJX-1の方がやや悪い結果だと思います。
「位相+高周波歪み」については、2次歪み・3次歪みともにDJX-1の方がやや小さい印象です。
トータルとしては、ほぼ同レベルの結果だと思います。
・DJ1 PROとPROline750(ULTRASONE)
「100Hz・1kHz・10kHzサイン波の再生」については、500Hzや2kHzでやや不要なピークが小さくDJ1 PROの方がやや良い結果だと思います。
「位相+高周波歪み」については、2次歪み・3次歪みともにDJ1 PROの方がやや小さい印象です。
トータルとしては、DJ1 PROの方がやや良好な結果だと思います。
今回の結果を一言でまとめると、audio-technica・AKG・ULTRASONEはDJ用ヘッドホンの方が良好な結果、SONY・beyerdynamicはほぼ同レベルの結果、ということになるかと思います。
どちらかと言うとDJ用ヘッドホンの方が良好な結果になっていますが、DJ用ヘッドホンの方が明らかに良いとまでは言えないような感じです。もちろんサンプル数が少ないので統計的には意味がありませんが、個人的にはもっと明確な違いが出る可能性もあるのではないかと思っていました。どうして思ったほどの違いが出なかったのか、その理由を少し考えてみたいと思います。
1. 比較対象の測定結果が比較的良好だったため
2. 「DJ用ヘッドホンが大音量でも音質を維持している」という印象は同価格帯のヘッドホンを比較対象にした場合のものではなく、漠然としたものであったため(ヘッドホンの製品数の8割近くは1万円以下であるのに対して今回使用したDJ用ヘッドホンはすべて1万円台で、しかも大雑把に言うと高価なヘッドホンほど測定結果が良好な傾向があるため、このことが影響している可能性がある)
3. DJ用ヘッドホンの測定結果の悪さはどちらかと言うと低域の方であり、不快に感じやすい中域〜高域の悪さだけ考えればDJ用の方が良い
3について少し突っ込んで考えてみたいと思います。まずは今回の測定結果を低域と中・高域の2つに分けて採点してみます(低域の範囲は、100Hzの倍音を含めるためここでは400Hz以下としました)。
|
低域 |
中・高域 |
倍音 |
2次歪み |
3次歪み |
倍音 |
2次歪み |
3次歪み |
audio-technica |
2 |
5 |
3 |
4 |
5 |
3 |
SONY |
2 |
3 |
2 |
3 |
5 |
5 |
AKG |
5 |
5 |
5 |
5 |
1 |
5 |
beyerdynamic |
2 |
5 |
4 |
1 |
3 |
4 |
ULTRASONE |
4 |
3 |
3 |
5 |
5 |
4 |
1:DJ用の方が悪い、2:どちらかと言うとDJ用の方が悪い、3:ほぼ同等、4:どちらかと言うとDJ用の方が良い、5:DJ用の方が良い
低域の点数を合計すると53点、中・高域の点数を合計すると58点になります。すべて1点のときの合計点は15点、すべて3点のときの合計点は45点、すべて5点のときの合計点は75点になりますから、53点と58点という結果はすべて3点のときの合計よりもやや大きく、かつ中・高域の方が若干大きいということになります。これはつまり、DJ用ヘッドホンの方が比較対象のヘッドホンよりもやや良好な結果で、かつ低域よりも中・高域の方が良好な結果であることを意味します。
また、人間の感覚では2次歪みよりも3次歪みの方が不快に感じられるとも言われていますが、中・高域の3次歪みを見るとDJ用ヘッドホンの方が悪い結果になっているメーカーは一つもありません。もしかしたらこの点も影響しているのかもしれません。
1と2についても、レビューページで公開している他の機種の測定結果を見ると間違いではないと思いますが、どれか一つが100%を占めているとも思えません。私のフィーリングとしては、1〜3が1/3ずつくらいなのではないかと思います。
所詮はお遊びですし、何か断言できるような法則や傾向は見当たりませんが、こうして見ていくと今回測定した範囲内では「DJ用ヘッドホンの方が大音量でも音質を維持している」という推測を支持する結果になっているように思います。それでもその推測が間違いである可能性も十分にありますが・・・・・・
さて、今回はこんなところです。漠然と測定するのではなく、こうやって何らかの着眼点に基づいて測定し結果を見て考察していくことには、いつもとは違うおもしろさがあるように思います(仮に何も得るものがなかったとしても、です)。理屈っぽいことが嫌いな人には共感してもらえないかもしれませんが、また機会があればやってみたいと思います。
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