第36回 周波数特性のグラフと実際

 今回は、本サイトで公開しているヘッドホンの周波数特性のグラフと実際の音との関連を考察・解説したいと思います。本来ならばもっと早くに公開するべき内容でしたが、ヘッドホンレビューの各ページのグラフにコメントを掲載することを検討していたこともあり、かなり遅くなってしまいました。ある程度知識のある人にとっては不要な内容かと思いますが、そうでない方々にはグラフから実際の音を想像する際の一助になると思います。
 なお、今回の内容は、一部を除いてあくまで耳覆いサイズのヘッドホンについての比較あるいは一般的な話であり、例外もあります。ご注意ください。

 本サイトで測定・掲載している周波数特性のグラフは、基本的には測定したヘッドホンの材質や構造を含んだ総合的な音を表しているはずですし、なるべくそうなるように測定条件を決定したつもりです。しかしながら、ヘッドホンの材質や構造の違いによって、測定したグラフと実際の音との間の違いに、ある程度説明をつけることができます。つまり、ヘッドホンの材質や構造による音の変化を、完全にはキャンセルできていない、ということになります。そこで、グラフを見て頂く場合、そのグラフがどのような理由で、実際の音とどう違っているのか、を把握して頂きたいです。


・密閉型と開放型の低域の違い
 イヤーパッドの材質がほとんど同じ場合、開放型よりも密閉型の方が、グラフで見るよりも低域の量が増えます。例えば、DT770PRODT880がそうです。グラフではDT880の方が低域の量がかなり多いように見えますが、実際に聴いてみるとDT770PROの方が量が多いように感じます。


 他には、K240monitorK271studioも同様で、グラフではK240monitorの方がかなり低域の量が多いように見えますが、実際にはほぼ同量に感じます。


 このように、測定された周波数特性グラフと実際の音の間には多少の隔たりがあり、ヘッドホンの構造や材質の影響を考慮することによって、その隔たりをかなり小さくすることができます。


・イヤーパッドによる低域の違い
 同じ密閉型でもイヤーパッドの材質が布製のものより、人工皮革で密封度の高いものの方が、グラフで見るよりも低域の量が増えます。例えば、HP-D7HP-M1000では、グラフで見る限りHP-D7の方がかなり低域が強いように見えますが、実際にはそれほど大きな差はないです。


 更に、開放型でも、イヤーパッドの音の通りが良いものの方が、グラフで見るより低域の量が少なくなります。例えばATH-AD2000K501です。グラフではほぼ同量の低域のように見えますが、実際にはATH-AD2000の方がかなり低域が豊かです。つまり、K501のイヤーパッドはATH-AD2000のそれと比べて音の抜けが良いため、グラフで見るよりも低域が抜けていると思われます。



・低域の量感
 密閉型ヘッドホンの場合、通常は数百Hzにおける音圧が多少弱めになっており、その弱め方によって低域の量感や音の低さが大体決まります。周波数特性と実際に聴いたときの低音をいくつか説明したいと思います。
 例えば、低域がほとんど弱められていないHP-DX3を見てみましょう。密閉型でこれだけの低音の音圧があれば、かなり低音が豊かだと想像されますが、実際そのとおりです。ただ、抜けの良いイヤーパッドのおかげで多少は緩和されているようですが・・・・・・


 次に、MDR-7506です。かなり低い低域を鳴らしますが、量はそれほど多くありません。これは200Hz〜300Hzが大きく弱められているためです。


 では、MDR-7506より低域の音が低く感じず、それでいて量はそれなりにある機種ではどうでしょうか。ここではMDR-CD900STを取り上げてみます。60Hz以下のローエンドはMDR-7506の方が音圧が高いですが、60Hz〜300HzではMDR-CD900STの方が音圧が高くなっています。これは、MDR-7506の低域の方が低い音で、MDR-CD900STほど薄く曇っている低域にはならないという実際の音と一致します。


 次に、所謂タイトで良質な低域とはどういうものでしょう。代表例として、HD25-1を挙げたいと思います。まず、HD25-1と同じく耳のせサイズのZ headphonesを比較します。ご覧の通り、Z headphoneの方が圧倒的に音圧が高いのが分かります。実際の音を聴いてみると、Z headphonesの方が全体的にかなり低域の量が多いです。グラフとほぼ一致するような感覚です。ちなみにZ headphonesは「タイトで良質な低域」というには量が多すぎで締まりも感じられません。MDR-7506とMDR-CD900STで説明したように、タイトさを得るためにはZ headphonesのようなカーブを描く低域では無理なのです。


 次に、HD25-1をST-90と比較してみます。今度は、ST-90の方がごく一部を除いて低域の音圧が低いです。実際に音を聴いてみても、HD25-1の方が量が多いです。それでいて薄く曇っているような感じはしませんし、十分低い音を鳴らしてくれます。ちなみに、ST-90は低域が非常に弱いです。


 今度は、他のタイトな低域を持つヘッドホンということで、耳覆いサイズではありますがPC-100と比較してみます。すると、100Hz〜400Hzの減衰に共通点が見られます。


 MDR-7506を振り返ってみても、100Hz〜400Hzは減衰しています。MDR-7506はしっかり低い音を鳴らしながらある程度締まりを感じさせ曇りのない低域を持つということを考えると、やはりこの減衰がポイントのようです。ただし、100Hz〜400Hzが減衰していれば何でも良いという訳ではないようです。
 例えば、MDR-7506とSP-K300を比較してみます。SP-K300は全体として見ると100Hz〜400Hzが減衰していますが、100Hz〜300Hzの減衰はあまり大きくありません。実際のSP-K300の音は、タイトさとは無縁の低域です。正確には100Hzから300Hzが大きく減衰していることが重要なのかもしれません。


 もうひとつ例を挙げてみましょう。今度はATH-A900です。これはSP-K300と違ってしっかり100Hz〜300Hzが減衰していますが、実際のATH-A900の低域は、SP-K300よりは幾分良いものの、やはり締まりがあるとは言いがたいです。つまり、ATH-A900以上に減衰している必要があるようです。


 HD25-1に戻って、ATH-A900と比較してみます。すると、やはり100Hz〜300Hzの音圧はHD25-1の方が低いです。100Hz以下もATH-A900の方が高い音圧を示しているので、ATH-A900の方がかなり低い音を鳴らすように思われるかもしれませんが、これは耳のせと耳覆いの違いと、側圧の差等による密封度の違いによって、実際の音では変わって聴こえるようです(密封度が高い方がグラフと比べて実際の低域の量が増えるのは、前述のイヤーパッドの材質と同様です)。
 これらの結果から、タイトで良質な低域を実現するためには、特に100Hz〜300Hzの音圧が重要だと考えられます。


・中域のうわずり
 中域が実際の音よりもやや高い音で鳴らされてしまう現象も、周波数特性のグラフから読み取ることができます。
 一つ目の例として、PRO/4AAを挙げます。見てのとおりかなり特徴的なカーブを描いていますが、ここでポイントになるのは1kHz〜4kHzにかけてのピークです。比較のために載せたSE-900Dと比べて、明らかに音圧が高いです。実際の音を聴いても、PRO/4AAの方が中域がうわずりキンキンと耳に突き刺さってくるのは明らかです。中域というと数百Hzから1kHzくらいまでをさすと考えている人も多いでしょうし、確かにそうなのですが、倍音を見ると4kHz程度まで普通に出ています。中域のうわずりはこの帯域の音圧が影響するようです。


 もう一つ例を挙げてみましょう。DT860HD595です。見ての通り、DT860は1kHz〜4kHzにかけて隆起していて、HD595と比べて高い音圧を示しています。実際の音を聴いてみても、DT860の方が中域がうわずっているように感じます。一般的に中域といわれる帯域の音圧はほぼ同等なので、このことからも中域のうわずりには所謂中域の周波数帯域よりも1kHz〜4kHz付近の音圧が重要であることが分かります。



中高域から高域の音の高さ
 中高域から高域のグラフと実際の音の差異には、密閉型・開放型の差は低域ほど影響を与えません。倍音を含めると3kHz〜15kHz程度の幅広い帯域が音に影響を与えます。
 一つ目は分かりやすい例を挙げましょう。SE-A1000MDR-F1です。この2機種の音を比較すると、グラフから一見して分かるとおりSE-A1000の方が高域の量が多いです。また、音の高さとしても高い音を鳴らします。この音の高さというのが曲者で、単に3kHz〜15kHzの音圧が高いだけでは高い音になりません。いくつか比較してみます。


 まずK501とR/200です。中高域はともかく、高域はほぼ同等の音圧に見えます。しかし、実際の音はK501の方が細く高い高域を鳴らします。


 そこで、いくつか高域の音が普通より高い機種と、そうでない機種を比較してみると、3kHz〜5kHzの音圧に差異が見えてきます。もうひとつ例を挙げてみます。DT770PROとPROline750です。8kHz以上の音圧が高いだけでなく、特に4kHz前後に大きな違いがあります。実際の音は、DT770PROの方がかなり高く細い高域を鳴らします。


 ATH-AD2000とSRS-4040では、高域はATH-AD2000の方が音圧が高いにもかかわらず、実際に音を聴いてみるとSRS-4040の方が高い音を鳴らすように聴こえます。これもATH-AD2000の方が4kHz前後の音圧が高いためでしょう(もっとも、この2機種ではダイナミック型とコンデンサー型の差異のせいもあるのかもしれませんが)。


 SE-A000とMDR-F1の例を振り返ってみても、3kHz〜5kHzの音圧は大差なく、より高域側の音圧の差をによって高域の音の高さが違ってきていたのでしょう。このように、中域のうわずりと同様、いわゆる基音の帯域の音圧よりも、少し高い帯域の音圧が音の高さに大きな影響を与えます。また、4kHz前後が弱めになっているものの方が、高い音と感じるようです。


・高域による聴き疲れ
 大抵のヘッドホンでは10kHz以上は弱くなっていることが多いですが、聴き疲れの激しい機種ではそうでないことが多いです。もちろん聴き疲れはそれだけで決まるものではありませんが、10kHz前後の高域の聴き疲れもかなりのウエイトを占めているようです。2つほど例を挙げておきます。
 まずはATH-SX1とMDR-CD900ST。


 次にDT990PROK701



 今回の内容は、他のサイト等で公開されている周波数特性のグラフについても当てはまることがありますが、本サイトと比べると当てはまらないことも多いようです。これは、本サイトでの測定に使用している機器が極めてチープで、また私自身の知識も足りていないためだと思われます。決まりごとにも書いてありますが、本サイトの周波数特性は、いわば“周波数特性の一例”に過ぎませんし、今回の内容も正確さに欠ける部分があるかと思います。ご了承ください。その上で、今回の内容が、周波数特性のグラフを読み解く上での一助になれば幸いです。







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