第15回 恋の面影/菊地成孔「南米のエリザベス・テイラー」より

 菊地成孔はジャズミュージシャンです。サックス奏者であり、シンガーでもあります。
 今回取り上げるのは2005年発表のアルバム「南米のエリザベス・テイラー」の3曲目で、Burt Bacharachの「The Look of Love」のカバーです。ヴォーカルは菊地成孔とカヒミ・カリィ、楽器としてはピアノ、ウッドベース、ドラム、ギター、ハープに加えてストリングスが入ってきます。ゆったりとしたテンポで、1曲を通してあまり強弱がありません。
 「どういう風に聴きたいか」「どういう点を重視するか」については、「大人の夜・エロさ・カヒミカリイと菊池のリップノイズまでもたっぷり味わいたい」とのことです。ひとことでエロさ、色気と言ってもそれを表現するヘッドホン側の音質としては色々あると思いますが、今回の曲はリップノイズや擦れが大事になってくるような印象です。一方で、夜の雰囲気を出すためには柔らかく落ち着いた表現といったものも求められるかもしれません。探索していきながら見ていきたいと思います。


・1台目 DT231PRO(beyerdynamic)
 前述の条件を最も満たしているように感じたので選びました。リップノイズや擦れがしっかり感じられますし、それでいて耳障りな感じにならない点が良いです。カヒミ・カリィの声の吐息のような部分や甘い感じも魅力的に表現してくれます。しかも全体がうまくまとまっている一体感があり、落ち着いた夜の雰囲気が感じられます。ウッドベースの表現がリアルな点も好印象です。
 他にはATH-A500、MDR-XB700、PortaPro、RH600、SE-M870等で聴いてみました。ATH-A500は各楽器がバラバラに主張してくるような感じで夜や色気という感じにはなりません。MDR-XB700は若干声を塗りつぶしたように野暮ったく感じます。PortaProはなかなか良いのですが、低域が多すぎる上に前に出てくるような感じで邪魔なのが気になります。RH600はリップノイズや擦れの表現は良いのですが、抜けが良くローエンドが足りないせいか落ち着いた雰囲気が出ず、夜は夜でもネオンで飾られた街並みのような印象です(そういう"夜"の表現を求めているなら良いのではないかと思います)。SE-M870はリップノイズや擦れが悪い意味で目立って痛いです。
 不満点は特にありませんが、もう少し音の広がりがあるとより音楽に浸れるのではないかと思います。

・2台目 SE-A1000(Pioneer)
 1台目の不満点を踏まえて選びました。音の広がりはかなり良くなります。開放型らしくどこまでも音が広がっていくような感じで、閉塞感や狭苦しい感じがありません。ヘッドホンで聴いている感覚から、ライブ会場で聴いている感覚に近づくようです。声の表現は、リップノイズや擦れについては1台目よりやや目立つような感じで、ウォームさに欠け透明感がある印象です。ヴォーカルの吐息のような部分は魅力的ですが、若干落ち着きに欠ける傾向です。
 他にはDR150、DTX900、RP-21、T50RP等で聴いてみました。DR150はリップノイズや擦れがSE-M870に近い感じで悪い意味で目立って痛いです。DTX900は1台目を濃密にしてかつ音の広がりを若干良くしたような感じでなかなか良いのですが、濃密な分やや野暮ったくなってしまっているような印象です。RP-21は1台目と比べてピアノの輪郭が明確である等の理由により全体的に骨太でがっしりしています。音源をしっかり鳴らしきるという意味では良いのでしょうが、今回の曲の雰囲気を出すには1台目の方が適しているように思いました。T50RPはスモーキーでこれはこれで魅力的な面もあるのですが、声にしろ楽器にしろ生っぽさに欠けます。
 不満点は、ヴォーカルにしろ楽器にしろ若干不自然さがある点です。

・3台目 RS-1(GRADO)
 2台目の不満点を踏まえて選びました。2台目の低域を控え目にしてすべての表現をより自然にしたような感じです。音色だけでなくリップノイズや擦れまで自然でリアリティがあります。吐息のような部分は声が空気に溶けて儚く消えていく様を見事に表現してくれます。そのおかげか、2台目と比べて色気があるように感じられます。今回の曲はヘッドホンによってはぼそぼそと呟くような歌い方に聴こえることも多いのですが、RS-1ではそういった感じが抑えられハスキーヴォーカルがきちんと歌ってくれる印象です。各楽器の表現についてもなかなかのもので、特にピアノの音色は明るめでありながらリアリティに加えて妙な色気まで滲み出てくるようです。
 不満点は特にありません(と言うよりも魅力に惹かれるため気にならないです)が、少し明るめの傾向でしっとりと落ち着いた夜の雰囲気は出ないので、そこを出してくれるものがあっても良いかもしれません。

・4台目 DT990PRO(beyerdynamic)
 3台目の不満点を踏まえて選びました。柔らかく量感豊かなウッドベースが音楽を支える感じで、3台目と比べて格段に落ち着いた印象を受けます。ヴォーカルは3台目ほどではないもののぼそぼそと呟くような歌い方ではなくきちんと歌ってくれますし、リップノイズや擦れがしっかりと感じられます。擦れは大抵のヘッドホンと比べてかなり目立ちますが、あまり不自然であったり不快であったりはせず、全体のバランスとしておかしくない範囲だと思います。今回の曲はややホワイトノイズが大きめなのですが(同じCD内の他のトラックと比べて明らかに大きいので意図的なものなのかもしれません)、DT990PROだとこのホワイトノイズがかなり気になりやすい点が欠点と言えば欠点です。
 他にはAH-D5000、ATH-A2000X、PROline2500、SRS-4040等で聴いてみました。AH-D5000はなかなか良いのですが、RS-1やDT990PROと比べると色気や夜の雰囲気が出ず無難な印象です。ATH-A2000Xはリップノイズや擦れの表現は繊細である意味なかなか魅力的なのですが、全体的に音色が不自然ですしどうにも夜の雰囲気が出ません(夜にも色々あるので想像力を働かせて聴いてみたのですが・・・・・・)。PROline2500はDT990PROに近い感じで悪くないのですが、擦れの部分でややざらつく感じが気になります。SRS-4040は3台目に近い感じで透明感があり吐息のような部分の表現は良いのですが、上品で綺麗過ぎるところがあってそれがわずかに色気を損なっているような印象です。

・5台目 HP-FX500(Victor)
 リップノイズや擦れがしっかり感じられますし、吐息のような部分の表現も魅力的です。全体のバランスや夜の雰囲気の表現もまずまずです。オーバーヘッド型だとRS-1に比較的近い印象です。特に不満はありません。色々と聴いてみたのですが、ATH-CK10とER-4Sはリップノイズや擦れは良いものの夜の雰囲気が出ない、Image X10はリップノイズや擦れの表現がいまいち、Westone3は低域の量が多すぎてヴォーカルが埋もれる等の不満がありました。
 他にはCX95とHP-FXC50が良かったです。HP-FX500と比べるとCX95は吐息のような部分がやや野暮ったく、HP-FXC50は擦れがやや不自然だったので外しましたが、そう大きな差はない印象です。また、カナル型にこだわらないならMDR-E888LPもなかなか良かったです。


 今回の結果をまとめると、ヴォーカルの色気を求めるならRS-1、しっとりと落ち着いた夜の表現を求めるならDT990PROといった感じだと思います。とは言え、人によってはAH-D5000やATH-A2000Xのような表現が好ましいと感じるかもしれません。RS-1やDT990PROでは脚色しすぎであるとか重苦しいと感じる人はその可能性が高いと思います。
 ヘッドホンアンプは基本的にはHD-1L Limited Edition(RC1)が良いと思いますが、しっとりと落ち着いた夜の雰囲気を求めるならHA-1Aが良いと思います。
 今回の内容を参考に、好みに合わせて選んでください。


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