第52回 エージングによる音の変化の測定による観察

 今回はヘッドホンのエージングによる音の変化を測定で調べてみようという試みです。実は2年ほど前に一度チャレンジしたことがあるのですが、そのときは測定を間違ってしまって違いが判断できない結果になってしまいました。今回はそのリベンジです(MySpeakerも使えるようになったことですし)。
 使用したヘッドホンはSONYのMDR-XB700です。これを選んだ理由は特にありません。元々ULTRASONEのPRO900で再チャレンジしたのですが、ケアレスミスや測定機器の不調等により、PRO900、RH600、HGP-755、EX-29、MDR-XB700と測定を繰り返した結果、MDR-XB700でようやくまともに測定できたというだけの話です。本当はエージングによる音の変化の大きい機種でできれば開放型(開放型の方が測定誤差が小さい傾向があるので)、例えばPROline2500等が良かったのでしょうが、測定の成功率を考えると難しいところです。

 エージングによる音の変化は耳で聴くとそれなりに感じられるように思いますが、これまでの経験からすると測定ではほとんど分からない程度の変化(測定誤差範囲)しかないため、測定で違いを見るのは難しいです。今回の測定に当たっては、誤差を小さくするために細かい点に注意しました。
 まず、ヘッドホンのセットの仕方による誤差を小さくするため、ヘッドホンを保持装置にセットした状態で極力動かさないようにしてすべてのエージングと測定を行いました。側圧によるイヤーパッドの潰れやヘッドホンと保持装置のなじみ具合が時間とともに変化することによって測定結果が変化する可能性を考慮し、セットする際に若干押し付けたり戻したりしてなじませた後に時間を置いて安定するまで待ってから測定を開始しました。
 また、ヘッドホン端子とマイク端子のボリューム位置は固定し、エージング及び測定開始から終了まで一度も動かさないようにしました。
 温湿度は完全に固定することはできませんでしたが、測定する前にある程度の調整を行いました。

 エージングに用いた音源はXLOのBurn-In CDのトラック9です。エージング時間による音の変化に影響を及ぼさないように、最初から最後までこの音源のみを一定の音量で鳴らしました。また、連続で鳴らし続けてエージングしています。
 なお、エージング時間は厳密ではありません。最初に出音を確認するため10分程度鳴らしていますし、測定そのものも音を鳴らして測定するのでその間にも若干エージングが進むかと思います。
 測定に使用した機器は、前回のコラムと同じECM8000とFastTrackProです。
 測定項目は、周波数特性、MySpeakerの各測定項目、100Hz・1kHz・10kHzのサイン波の再生です。各測定項目についての説明は前回のコラムをご覧下さい。

 測定はエージング開始から2、5、10、30、50時間後に行いました。厳密な根拠はありませんが、経験上エージング開始直後は変化が大きく時間が経過するにしたがって変化が小さくなること、50時間以上のエージングは耳で聴いても変化が小さいことが多いため測定で違いを見るのは非常に難しいと考えられること、XLOのBurn-In CDのトラック9を使用すると普通の音楽を使用するより短時間で変化がおさまること等を考慮してのものです。本来は変化が見られなくなるまでとするべきなのでしょうが、今回の測定では変化が小さく誤差範囲かどうか微妙なところなので、どの時点で「変化が見られなくなった」とするべきなのかという判断が難しく、上記のように設定することにしました。

 さて、前置きが長くなりましたが、いよいよ個々の測定結果に入っていきたいと思います。測定項目によってはほとんど変化の見られないものもあったので省略しようかとも思いましたが、折角なので全部載せておくことにしました。


・周波数特性
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(青色)に、各エージング後の結果(赤色)を表示してあります。アンダーバー「_」の後の数字がエージング時間です。なお、測定精度を上げるため、普段と異なる方法で測定していますので、いつもの周波数特性の測定結果とは単純に比較することはできません。
 一見してあまり大きな変化はないように見えますが、いくつかのポイントをピックアップしてグラフにしてみます。

 86.1Hzでは1.0dB、4866.5Hzでは1.5dBの幅があります。普通に漠然と測定していたら明らかに測定誤差範囲でしょうが、今回は前述のように誤差を小さくする努力をしたので、一応誤差範囲よりは大きいと思います。また、一定の傾向(エージングが進むにしたがって音圧が上がっている)も出ています。
 それから、7.5kHz付近のディップの深さが気になったので拡大してみます。
 これまでの経験上、こういったディップの深さは誤差が大きい傾向があるように思いますが、一応変化らしきものが見られます。

・サインショット:応答波形表示
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(黒色)に、各エージング後の結果(赤色)を表示してあります。機種名まで重ね書きになるので見づらいですが、上から0、2、5、10、30、50時間後となっています。
 若干の違いはあるようですが、ほとんど重なっています。変化のありそうなところをピックアップしてグラフ化するのが難しいので、この程度にとどめておきます。

・サインショット:エネルギー応答
 「サインショット:応答波形表示」と同様、エージング前(MDR-XB700_0)をベース(黒色)に、各エージング後の結果(赤色)を表示してあります。
 「サインショット:応答波形表示」同様、若干の違いはあるようですが、ほとんど重なっています。

・サインショット:エネルギー応答特性
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(アタック:緑色、ピーク:赤色、リリース:青色)に、各エージング後の結果(アタック:赤色上、ピーク:赤色中、リリース:紫色)を表示してあります。色が被っていて見にくいところもありますが、MySpeakerの仕様ですのでご了承ください。
 「サインショット:応答波形表示」と「サインショット:エネルギー応答」に比べると多少変化が見やすいと思います。いくつかのポイントをピックアップしてグラフにしてみます。



 217Hzは変化ありとは言えないでしょう。3.47kHzはリリースの幅が80度で、減少傾向にあるようです。サインショットの測定誤差の小ささと変化の傾向を考えると、おそらく誤差ではないでしょう。中高域の収束が早まって理想(180度)に近づいたと言えると思います。

・1/6octサイン:位相+高周波歪み測定
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(位相及び周波数特性:黒色、2次歪み:青色、3次歪み:緑色)に、各エージング後の結果(位相及び周波数特性:赤色、2次歪み:紫色、3次歪み:橙色)を表示してあります。
 位相については、一見して測定誤差範囲内と分かります。位相は測定誤差が大きく、測定ボタンを押すたびにこれくらいの違いは出てしまいます。50時間後の5kHz付近が多少暴れていますが、こういうことも頻繁に起きます。
 周波数特性については先ほど別の測定結果を載せましたが、そちらの方が精度が高く測定誤差も小さくなっていると思いますので、ここでは特に触れません。
 2次歪み、3次歪みについては、いくつかのポイントをピックアップしてグラフにしてみます(上の測定結果の図では歪みは40dB高く表示されているので実際の値は上の図の表示から40を引いたものになりますが、混乱を避けるために上の図の表示に合わせて40dB高い値でグラフ化します)。

 傾向がなくはないですが、これを見てもやはり測定誤差が大きそうな印象です。5kHzの2次歪みは減少傾向で12dBの幅があります。5kHzと言えば周波数特性でも変化が見られたところです。この測定では周波数特性と歪みにある程度相関があることは前回のコラムでも触れましたが、それを考えるとこの5kHzの2次歪みの変化も当然なのかもしれません。ともかく、一応変化ありと言えると思います。

・インパルス:累積スペクトラム測定
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(黒色)に、各エージング後の結果(赤色)を表示してあります。
 一見して測定誤差範囲内です。位相と同じく、測定ボタンを押すたびにこれくらいの違いは出てしまいます。むしろかなり違いが小さいことに驚いたくらいです。

・インパルス:録音波形
 録音波形はソフト上で重ね書きできないので、単品で載せておきます。
 重ね書きしていないので厳密には分かりませんが、どれも非常に良く似ているのは間違いないと思います。

・インパルス:エネルギー時間応答測定
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(黒色)に、各エージング後の結果(赤色)を表示してあります。
 これも測定誤差範囲内だと思いますが、一応いくつかのポイントをピックアップしてグラフにしてみます。

 こうしてグラフにしてみても測定誤差範囲内という印象です。

・サインスイープ:高周波歪み測定
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(周波数特性:黒色、2次歪み:青色、3次歪み:緑色)に、各エージング後の結果(周波数特性:赤色、2次歪み:紫色、3次歪み:橙色)を表示してあります。
 周波数特性については最初に別の測定結果を載せましたが、そちらの方が測定誤差が小さくなっていると思いますので、ここでは特に触れません(ただ、低域や5kHz前後の変化は同じ傾向の結果になっています)。
 2次歪み、3次歪みについては、いくつかのポイントをピックアップしてグラフにしてみます(上の測定結果の図では歪みは40dB高く表示されているので実際の値は上の図の表示から40を引いたものになりますが、混乱を避けるために上の図の表示に合わせて40dB高い値でグラフ化します)。

 傾向がなくはないですが、これを見てもやはり測定誤差が大きそうな印象です。90Hzの2次歪みは綺麗に傾向が出ていますが幅は3dBしかなく、周波数特性ならともかく歪みとしては誤差範囲内です。とは言え、ここまで綺麗に傾向が出ていると「エージングによる変化が出ているのではないか」と考えたくなりますが・・・・・・ 5.5kHzの2次歪みは減少傾向で幅も7.5dBあります。「1/6octサイン:位相+高周波歪み測定」のところでも触れましたが、この変化は周波数特性の5kHz付近の変化と関係がありそうです。

・100Hz・1kHz・10kHzのサイン波の再生
 エージング前(MDR-XB700_0)をベース(青色)に、各エージング後の結果(赤色)を表示してあります。
 倍音ではなく50Hz以下の低域が0時間(エージング前)とそれ以外でかなり違いますが、この部分は少し測定を誤るとこういう違いが出てしまうので、あまりはっきりどうこうとは言えません。本当に100Hzの低域側の音圧が下がっているのかもしれませんが・・・・・・ 数百Hzが何となく荒れていることも踏まえると、少しばかり測定に問題があったのかもしれません。それ以外の点はあまり大きな変化はないように見えますが、一応グラフにしてみます。

 200Hzで1.5dB、300Hzで0.9dB、2kHzで1.5dB、20kHzで1.1dBの幅があります。一応傾向は出ていますが、エージングで変化したと言って良いかは微妙です。仮に変化があるとしても、倍音の出方が変わったと言うよりは周波数特性が変わったことによる影響と言った方が正しいように思います。
 倍音以外も見てみます。

 900Hzで1.3dB、1.1kHzで2.0dB、9kHzで0.3dB、11kHzで0.8dBの幅があります。特に1.1kHzの変化が大きいです。周波数特性の1kHz付近を見るとエージングによってあまり変化していないので、この1.1kHzのピークについてはエージングによって変化したと見て良いと思います。変化の方向としては余計なピークが大きくなってしまっているので歓迎できませんが、エージングで振動板がこなれたことによる変化と考えるとこの変化はおかしくないのかもしれません。ちなみに、9kHzは逆に良くここまで変化がないものだと驚いてしまいます。


 前回に続いて長くなってしまいましたが、以上で終わりです。
 一応変化が見られたのは、周波数特性の低域と5kHz前後、7.5kHzのディップの深さ、「サインショット:エネルギー応答特性」の3.47kHzのリリース、「1/6octサイン:位相+高周波歪み測定」と「サインスイープ:高周波歪み測定」の5kHz前後の2次歪み、「100Hz・1kHz・10kHzのサイン波の再生」の1kHzの歪みといったところです。
 ちなみに、実際に耳で聴いた音の変化は若干低域がすっきりしたような気がするという程度です。エージング前は測定に対する影響を小さくするために短時間しか聴いていませんし、エージング後の音を聴く頃にはかなり時間が経ってしまっているので正確にどういう変化があったのかは正直自信がありません(測定が終了するまで音が聴けないのも大きいです)。低域がすっきりしたと書くと今回の測定結果(周波数特性の測定で低域が増えている)と相反すると思う人も多いと思いますが、一概にそうとも言えません。低域がすっきりしたと感じるのは低域の音圧だけでなく低域の音圧の変化の仕方や倍音の出方、インパルス応答等様々な点が関係してくるためです。例えば、周波数特性の測定結果を見ると低域はローエンドではエージング前と後で1dBほど差がありますが、200Hzではほとんど差がありません。この場合実際に耳で聴いた音の変化はどういう風に感じるかと言うと、低域の重心が低くなり曇りが晴れる傾向だと思います(個人的な経験によるあいまいな知見であまりあてにはなりませんが)。「100Hz・1kHz・10kHzのサイン波の再生」で100Hzの低域側の音圧が下がったのも、測定に問題がなかったとしたら関係があると思います。もちろん、今回の測定には出てこない変化が影響していたのかもしれません。本来なら測定結果の変化と実際に耳で聴いた音の変化が完全に一致してくれれば良いのですが、短時間聴いただけで「何kHzのサインショットのリリースが良くなった」とか「何kHzの2次歪みが良くなった」と分かるような耳は持っていないので、仕方ない部分が大きいです。低域については先ほどの説明のように一致する面もあるにはありますが・・・・・・
 ここまでしっかり読んだ方は同意して頂けると思いますが、どうもエージングによる変化を調べていると言うよりは測定誤差を調べているような気分になってきます。これは測定する前から分かっていたことですし、いくつかのヘッドホンで測定を繰り返すうちに強く実感してきたことでもありますが、こうしてデータを処理してみるとやはり変化はかなり小さく「エージングで音は変わる」と断言できるようなデータを取るのは難しいとつくづく思います。正直、今回の結果だけでは「エージングで音は変化する」と断言するのは無理があると思います。とりあえずできる限り測定誤差を小さくする努力はしましたが、それでも測定結果の変化は小さく「絶対に誤差やエージングによる音の変化以外の要素が原因ではない」と言い切ることはできませんし、測定方法を細かく見ていけば穴がないわけではありません。今回の結果のニュアンスを表現するなら「エージングで音が変わる可能性はそれなりにあるだろう」というところでしょうか。
 個人的には他の数台のヘッドホンのエージングによる変化の測定経験から(それが最終的には公開できるようなしっかりしたデータではなかったにせよ)エージングで音が変わるのは測定面から見てもほぼ間違いないという印象ですが、やはり何とも煮え切らない結果ではあるので、今後開放型で音の変化の大きそうなヘッドホンを入手してなおかつ時間があればまた挑戦してみたいと思います。







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