第71回 音量の合わせ方と音質評価

 音質評価に影響を与える要素には色々なものがありますが、今回はその中から音量の合わせ方について測定と絡めて実験しつつ書いてみたいと思います。
 人の耳は人それぞれ聴こえ方が違うだけでなく、同じ人でも音量によって聴こえ方が変わってきます。したがって、ヘッドホン単品で音質評価しようとしても人それぞれ意見が違って当然ですし、同じ人でも音量の合わせ方が適当だと印象が変わってきたりします。
 そこで精度を上げる方法の一つとして、他のヘッドホンと比較する(当然音量も合わせる)というやり方が考えられるのですが、それでもなお意見が違ってしまう可能性があります。その理由の一つが音量の合わせ方の違いです。シンプルな例を挙げるなら、男性ヴォーカルで音量を合わせた場合と女性ヴォーカルで音量を合わせた場合では意見が違ってくるかもしれない、ということです。
 これを確かめるため、男性ヴォーカル曲と女性ヴォーカル曲、その帯域で音の違いの大きいヘッドホン2機種を使って実験してみたいと思います。


 まず曲ですが、これはヴォーカル以外の音が入っていると影響を受けて結果が変わってしまうかもしれないので、今回は念のためヴォーカルだけの曲を選びました。

・男性ヴォーカル キミはともだち/平井堅「SENTIMENTALovers」より(試聴はこちら
・女性ヴォーカル EXEC_PHANTASMAGORIA/./「月奏〜ツキカナデ〜 Artonelico Hymmnos concert side 紅」より(試聴はこちら

 この2曲の最初の約10秒間を使うことにしました。PC上でWaveSpectraを使って再生したものは以下のようになります。


 400Hz以下は男性ヴォーカルの方が量が多く、700Hz以上は女性ヴォーカルの方が量が多くなっています。
 なお、ヴォーカルのみとは言えLRで違う音を鳴らしているため一応WaveSpectraでLR両方を見てみましたが、大差なかったので、今回はすべてL側で統一することにします。

 次にヘッドホンですが、ヴォーカルが影響を受けやすい帯域ということで「中低域が少なく中高域が多いもの」「中低域が多く中高域が少ないもの」の2機種を考えた結果、DJ1 PROとHDJ-2000を使うことにしました。
 使用する機器は、ヘッドホン出力についてはヘッドホン出力が2つあってボリュームも個別にないとやりにくいため、DR.DAC2のライン出力にAMP800を繋ぐことにしました。マイク側はECM8000とFastTrackProです。

 本番に入る前に、予備実験を行いました。内容は、DJ1 PROとHDJ-2000で1kHzサイン波を聴いて音量を合わせ、その2台の音量差を測定で見る、というものです。これは耳で聴いた場合と測定した場合で同じ結果になるかどうか分からないためです。様々な理由により1dBくらいの差は仕方ないと思いますが、もし5dBもあったら実験が成立しないと思われます。結果は以下の通りでした(音量差を見るだけなら別に周波数特性を測定する必要はないのですが、今回の条件でこの2台の周波数特性を示しておきたかったので)。


 1kHzで0.4dBの差です。予想以上に小さい差でした。これくらいなら今回の実験は成立するのではないかと思います。
 ちなみに、1kHzサイン波と言えど違うヘッドホンで鳴らすと違う音に聴こえます。これは、波形が歪んでいたり他の周波数の音がわずかに鳴っていたりするためだと思われます。したがって、音量を合わせるのにも若干の影響はあったと思います(それがどういうものかは分かりませんが)。

 それではいよいよ本番に入りたいと思います。手順は以下のとおりです。

1-1. DJ1 PROで男性ヴォーカルを聴いてボリューム位置を決める。
1-2. HDJ-2000で男性ヴォーカルを聴き、DJ1 PROと同じ音量になるようにボリューム位置を決める。
1-3. DJ1 PROとHDJ-2000の周波数特性を測定する。

2-1. DJ1 PROで女性ヴォーカルを聴いてボリューム位置を決める。
2-2. HDJ-2000で女性ヴォーカルを聴き、DJ1 PROと同じ音量になるようにボリューム位置を決める。
2-3. DJ1 PROとHDJ-2000の周波数特性を測定する。

3. 1と2の測定結果を比較する。

 測定結果は以下のとおりです(上が男性ヴォーカル、下が女性ヴォーカルです)。




 男性ヴォーカルで音量を合わせた場合、女性ヴォーカルで音量を合わせた場合よりもDJ1 PROの方がラインが相対的に上に上がります(1kHzで3.6dB)。もう少し具体的に見ていくと以下のようになります。

・男性ヴォーカル 100Hz以下はDJ1 PROの方が多い。100〜400HzはHDJ-2000の方が多い。400Hz以上はDJ1 PROの方が多い。
・女性ヴォーカル 70Hz以下はDJ1 PROの方が多い。70〜500HzはHDJ-2000の方が多い。500Hz以上はどちらかと言うとDJ1 PROの方が多いが、男性ヴォーカルと比べると差は小さい。

 この結果から色々なことが考えられます(以下、仮に耳で聴いてもこのとおりに聴こえるという前提で話を進めます)。

 全体を見渡すと、男性ヴォーカルで音量を合わせた場合には女性ヴォーカルで音量を合わせた場合と比べて低域・高域ともにDJ1 PROの方が多いためドンシャリに感じやすくなります。また、一般に「音量が大きい方が音が良いと感じがち」と言われることを考えると音質評価では男性ヴォーカルで音量を合わせた方がDJ1 PROに有利になる傾向があるかもしれません。
 逆に女性ヴォーカルで音量を合わせた場合には男性ヴォーカルで音量を合わせた場合と比べてHDJ-2000の方がラインが全体的に上に上がるため有利になるでしょう。
 ただし、これはあくまで音量の合わせ方の話であって、DJ1 PROの方が男性ヴォーカルが得意、HDJ-2000の方が女性ヴォーカルが得意、ということを意味しません。むしろ逆に感じる人が多いのではないでしょうか。特に男性ヴォーカルは100〜400Hzの成分が大量に含まれており、その帯域で凹凸の少ないHDJ-2000の方が相性が良い傾向があると思われます。

 他に、例えば「重低音はどちらが多いか?」という質問があったとします。この質問に対する答えは、男性ヴォーカルで音量を合わせても女性ヴォーカルで音量を合わせても「DJ1 PROの方が多い」となるでしょう(重低音の定義は人それぞれ多少違うと思いますが、70Hz以下の成分がその大部分を占めると思われます)。
 しかしながら「低域の量はどちらが多いか?」という質問では、答えは微妙です。音量の合わせ方によらずどちらか片方の答えがが100%正しいということはないでしょうが、男性ヴォーカルで音量を合わせた場合にはDJ1 PRO、女性ヴォーカルで音量を合わせた場合にはHDJ-2000という答えになる確率が高いのではないかと思います。
 つまり、音量の合わせ方によってどちらの低域の量が多いか意見が違ってくることになるわけです。

 なお、今回の実験の間DJ1 PROのボリューム位置は結果的に動かしませんでした。したがってDJ1 PROの測定結果を見ると男性ヴォーカルと女性ヴォーカルでほとんど同じになっていますが、それでも1kHzで0.4dBの差があります。やはりこれくらいの測定誤差はあるようです。

 それから、音量の合わせ方にも色々あると思いますが、今回は鳴っている音全部を漠然と聴いて比較するようにしました。これは、実際の音楽鑑賞ではそういう音量の合わせ方をしている人が比較的多いと思われること、男性ヴォーカルと女性ヴォーカルの違いを広い目で見るためにはこの方法が適していると思われたことが理由です。
 他に、最も大きい音を鳴らしている箇所が同じ音量になるように合わせる、最も小さい音を鳴らしている箇所をきちんと聴き取れるように合わせる、自分の聴きたい楽器の音で合わせる、基音部分が同じ音量になるように合わせる、ヘッドホンの音色の違いや聴き疲れのしやすさを考慮して合わせる、と様々な方法があるのではないかと思います。当然、そのやり方によっても今回の実験の結果は左右されるはずなので、今回の結果は万人に当てはまるという性質のものではありません。


 こんなところです。
 今回は男性ヴォーカルと女性ヴォーカルの違いを見ましたが、他にも例えばメタルとピアノソロでは低域の影響度合いがまったく違ってきたりと、色々なパターンが考えられると思います。
 ちなみに、本サイトで音量を合わせる際は1kHzサイン波や単一音源で音量を合わせるのではなく、中域を中心に幅広く見て色々な人の平均値になるように努めています。今回のケースで言うならおそらく男性ヴォーカルと女性ヴォーカルの中間くらいになるのではないかと思います。
 音量の合わせ方というのはあまり話題にならない気がしますし、普段意識していない人もいると思います。それが音質評価や、もしかしたら個人的な好みにも影響しているかもしれません。気になった方は色々試してみることをお勧めします。







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