第58回 追加測定ピックアップと注意点

 追加測定の公開が一区切りつきましたが、あまりに数が多いので全部見る人は少なそう・・・・・・ということで、今回はその中から個人的に気になった結果をいくつかピックアップしてみたいと思います。それから、第51回で測定結果の見方について多少触れましたが、今回もいくつか注意点を書いてみたいと思います。内容としては2回に分けるべきかもしれませんが、分けると中身が薄くなってしまいますし他の更新を圧迫してしまうので、1回でやってしまいます。
 なお、今回の内容は主観的なものなので、測定結果の客観性を損ないたくない人は見ない方が良いかと思います。


・結果の良いもの
 これまでに公開したものの中から、測定結果が良好なものを4台ピックアップしてみます。
 どのような結果を良い結果と感じるかは多少個人差があると思いますが、私の場合は基本的にループバックに近いものほど良い結果で、歪みはできるだけ小さくインパルス応答(CSD)は特定周波数にピークがなく凹凸の少ないものが良いという感じで見ています。一応念を押しておきますが、測定結果が良いというのは良い音を鳴らすということではなく、音源をそのまま鳴らしてくれるという意味です。しかも測定で分かるのは音質の一部なので、これらの測定結果が完璧であっても音源を完全にそのまま鳴らしてくれるというわけではありません。とは言え、ここで取り上げた4台は、実際の音を聴いても他の多くのヘッドホンと比べて音源をそのまま鳴らしてくれる傾向であるのは確かだと思います。

・結果の悪いもの
 今度は悪いものを4台ピックアップしてみます。
 先ほどの「結果の良いもの」と比べると明らかに違います。これらの機種は、実際の音を聴いてみても音源とはかけ離れた音を鳴らすように感じられます。先ほどの「結果の良いもの」と合わせてアバウトに考えると、「結果の良いもの」の方が音源をそのまま鳴らす傾向があると言えます。これは今回取り上げなかった機種の結果まで含めてもおおよそそうなっていますが、あくまでアバウトな傾向の話です。中には測定結果が良くてもある程度音源とは違う音を鳴らすものもありますし、細かい違いの優劣はつけられない印象です。ただ、測定結果が酷いのに実際の音は原音忠実ということはまずないので、そういう見方をすると良いのかもしれません(もちろん、一つ一つの測定の意味と読み取り方をしっかり理解して個別に判断する方が良いのですが、分からないとか面倒という人もいると思いますので、そういう人向けの考え方です)。
 それから、一つの測定結果だけを見てもどのくらいだと良い結果でどのくらいだと悪い結果なのか分からないという人もいるかと思いますが、200セット以上の測定を行った中で最も良い部類の結果と最も悪い部類の結果が上記のようなものだと分かっていれば、他のある測定結果を見たときにそれがどの程度良いまたは悪い結果なのかがおおよそ判断できるのではないかと思います。

・ネオジウムマグネットとコバルトマグネット
 最近のダイナミック型ヘッドホンは大抵ネオジウムマグネットを使用していますが、中にはコバルトマグネットを使用しているものもあります。その違いが測定結果に表れているかを見てみたいと思います。
 まずはMDR-7506(サマリウムコバルト)、比較対象はMDR-CD900ST(ネオジウム)です。
 広い目で見ると比較的似た結果になっているような印象を受けますが、MDR-CD900STの方がサイン波応答の結果がやや良好で、2次歪みが小さいようです。実際の音を聴き比べてみるとMDR-CD900STの方が音色が自然に感じられますが、それはこのあたりにも原因がありそうです。

 次にdj1001(コバルト)、比較対象はPC-100(ネオジウム)です。
 非常に良く似た結果です。正直、個体差や測定誤差だとしてもおかしくないくらいです。外観が似ていることも考えると、同じメーカーのOEMなのかもしれません。もしこの2機種が本当にコバルトマグネットとネオジウムマグネットだとしたら、今回の測定内容ではマグネットによる違いはほとんどないと言わざるを得ません。
 二例だけなのではっきりしたことは言えませんが、マグネットがコバルトであるかネオジウムであるかによってそこまで大きな違いは出ない印象を受けます。実際の音を聴くと多少の傾向があるようにも感じられますが、それは測定結果には出にくい類の違いなのか、気のせいなのかもしれません。

・K240monitorとK242HD
 K240monitorとK242HDはどちらもK240シリーズではありますが、実際の音を聴くとそれなりに違う印象を受ける2機種です。そんな2機種の測定結果を比べてみます。
 なかなか個性的な結果であるにもかかわらず、かなり似ているように感じられます。多少の違いが見られるのはインパルス応答くらいでしょうか。これくらいの違いであれば、ベースは同じモノと言われても納得できます。それどころか、イヤーパッド以外はまったく同じだとしてもおかしくない程度の違いだと思います。

・AH-D5000とMDR-CD3000
 AH-D5000購入当時、「AH-D5000はMDR-CD3000の模倣品か、もしくは技術供与があったのだろうか?」と思ってしまったほど似ている面があるので、測定結果を見比べてみたいと思います。
 MDR-CD3000は逆相になっているためパッと見で違いがあるような印象も受けますが、その点を修正するとかなり似ていると言って良いと思います。MDR-CD3000のサイン波応答は高域がずれている点が違いますが、波形そのものは全帯域に渡って良く似ています。位相、歪み、100Hz・1kHz・10kHzサイン波の再生も似ていると言えるレベルでしょう。最も大きな違いは、周波数特性やインパルス応答(CSD)の50Hz以下でしょうか。AH-D5000よりMDR-CD3000の方が少なめです。実際の音を聴くと、まさにそんな印象を受けます。

・c-JAYS他
 c-JAYSはイヤーパッドが3種類付属している珍しいヘッドホンです。折角なので気になった点を見てみたいと思います。
 イヤーパッドが大きくなるにしたがって歪みが大きくなり、音源に含まれていない音が発生しています。と言っても、これはイヤーパッドが大きいことが原因ではなく、イヤーパッドが大きくなるにつれて音量が取りづらくなるためにボリュームを上げた結果だと思われます。同じ音量で聴くためにイヤーパッドが大きいほどドライバーの負担が大きくなっている形なので、当然と言えば当然の結果かもしれません。他のヘッドホンでも、ドライバーが小さく耳との距離が離れているものほどドライバーの負担が大きくなって測定結果に同様の傾向が表れるのではないかと推測されます。実際、GRADOやULTRASONEのヘッドホンでは耳との距離が近いSR-60やドライバー径の大きなDJ1 PROは比較的歪みが小さく音源に含まれていない音があまり発生しない傾向があります(もちろん、他の原因である可能性も十分考えられますが)。
 ドライバー径はどちらも40mm、イヤーパッドの深さはSR-60が約8mm、SR-225が約12mmです。

 ドライバー径はDJ1 PROが50mm、PROline750が40mm、イヤーパッドの深さはどちらも約20mmです。この2機種だけだとあまり大きな差はないようにも見えますが、ドライバー径が40mmの類似機種HFI-2200ULE、PRO900、PROline2500まで含めてもDJ1 PROが最も良好な結果になっています。

・ノイズキャンセルヘッドホン
 ノイズキャンセル機能をONにすると、歪みが大きくなり、音源に含まれていない音(特に高域)が発生することが多いようです。最近の高価な機種では改善されているのかもしれませんが・・・・・・



 ただし、例外もあります。私が所有しているものだとHP-NC80です。
 3測定とも非常に良く似ています。これ以外の測定もほとんど同じ結果です。ノイズキャンセルヘッドホンは通常外来ノイズをマイクで拾って逆位相の音で打ち消していますが、安価なものだと外来ノイズの量や種類に関係なく一定の音を出すことによって相殺しているものもあるようです。ノイズキャンセルの効きが比較的弱いこと、LOWとWIDEのモードがあること(説明はメーカー製品ページ参照のこと)も考えると、HP-NC80はこのタイプである可能性が高いように思われます。

・サイン波応答と周波数特性
 測定結果の見方についての注意点です。多くの測定結果を眺めていると、位相、歪み、インパルス応答についてはある程度周波数特性と相関があるのは分かるかと思いますが、実はサイン波応答も周波数特性の凹凸の影響を多少受けます(と言っても他の測定とは影響の意味合いが違いますが)。
 例えばDR-631、EH-95、PFR-V1です。
 サイン波応答の結果を見ると、どれも低域の波形が他の帯域の波形と比べて特殊な乱れ方をしています。位相+高周波歪みの図の中の周波数特性のラインを見ると分かりますが、これらの機種の低域は極端に少ないため十分な音量が得られないことが原因だと思われます。もっと音量を上げればある程度改善されることが多いです。このような感じで波形が崩れている測定結果を見たら、周波数特性と見比べてみてください。

・歪みとインパルス応答の見方
 測定結果の見方についてもう一点。歪みとインパルス応答ですが、どちらも相対的な値だということをしっかり意識しながら見る必要があります。
 例として、KH-K1000とPRO900を挙げます。
 2次歪み(青のライン)だけを比べると、多少の凹凸の違いはあるもののトータルとしてはそれほど大きな優劣はなくどちらかと言うとPRO900の方が歪みが小さめのように見えます。が、周波数特性(下段、黒のライン)と見比べてみると、KH-K1000は低域を除いて60dB前後(グラフ上では歪みは40dB大きく表示されています)の開きがあるのに対して、PRO900はそこまでの開きはなく帯域によっては40dB以下になっているところもあります。実際に音楽を聴く際には周波数特性のラインが同じくらいになるような形で音量を調節するので、周波数特性との差が小さいPRO900の方が歪みが気になりやすい(つまり、実質歪みが大きい)と推測されます。このように、歪みはグラフ上で何dBなのかではなく、周波数特性と比べながら何dBくらい差があるのかを見た方が良いです。

 それから、インパルス応答(CSD)は高域に鋭いピークがあると低域が少ないように感じがちです。
 例として、DTX900とRP-HT770を挙げます。
 一見DTX900の方がだいぶ低域の山が小さいように見えますが、これは10kHz付近のピークに0dBが合わされているためです。0ms付近の中域のラインを見ると、RP-HT770と比べてDTX900の方がだいぶ小さいことが分かります。普通音楽を聴く際にはヴォーカル等を含む中域を中心に幅広く全体を聴いて音量を決めることが多いと思われますので、その状態に近づけるためにDTX900のグラフを10dBプラスにシフトしてみます。
 こうすると、0msの中域のラインは同程度になり、RP-HT770と比べてDTX900の方が低域が長く残っているように見えます。実際にDTX900とRP-HT770の音を聴き比べると、そのとおりになっています。


 以上、気になったポイントについていくつか書いてみました。多少測定をかじったことのある人にとってはあまりおもしろくなかったかもしれませんが、そうでない多くの人にとっては何かしら得るものがあったのではないでしょうか。
 今回の内容は、本サイトで公開している測定結果のごく一部について特定の見方で語ったものに過ぎません。語るべき内容は他にいくらでもあるかと思います。「このヘッドホンてどんな音質なんだろう?」という見方で測定結果を見て頂くのは大いに結構なのですが、逆に所有しているヘッドホンの音質から測定結果の特徴を探したり、他の類似機種と比べたりと、楽しみ方は色々あると思います。折角多数の測定結果を公開してありますので、一歩踏み込んで楽しんで頂ければ幸いです。







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