第8回 ヘッドホンで頭外定位を得るには

 ヘッドホンで音楽を聴くと、基本的にはスピーカーと違って頭の中で音が鳴っているように感じます。これを頭内定位といいます。これに対して、頭の外で音が鳴っているように感じることを頭外定位といいます。ヘッドホンの頭内定位がどのくらい気になるかはかなり個人差があるようで、「ほとんど気にならない」という人から「非常に気になるのでヘッドホンは使わない」という人まで様々です。ヘッドホンは耳の真横で音を鳴らすので頭内定位を払拭するのは物理的に困難ではありますが、なるべく頭外定位に近づけようとする試みは色々と模索されています。
 この「ヘッドホンで頭外定位を得る方法」については、これまでにメール等で何度か質問を受けたことがあるので、その返答に使った文章に加筆・修正して載せておくことにします。


☆バイノーラル録音により録音された音源を聴く
 バイノーラル録音という特殊な方法で録音された音源を聴く方法です。詳しくはWikipediaのバイノーラル録音の項目をご覧下さい。
 この方法は自分の聴きたい音楽がバイノーラル録音で録音されて販売されていることが前提です。そして、バイノーラル録音で録音された音楽は、通常の方法で録音された音楽と比べるとごくわずかです。したがって、基本的には自分の聴きたい音楽をバイノーラル録音で録音された音源で聴くのは難しいです。
 また、バイノーラル以外にもホロフォニクスやOtophonicsといった立体音響技術を用いて録音された音源も、同様に頭外定位を期待することができます(これらはバイノーラルよりも更に数が少ないですが)。
 効果はそれなりに大きく音も自然なので、聴きたい音源が販売されているのならお薦めです。

☆Crossfeed機能の搭載されたヘッドホンアンプを使用する
 MEIER-AUDIOやHeadRoom等の一部ヘッドホンアンプに搭載されているCrossfeed機能を使用する方法です。
 2チャンネルの音源であればどんな音源・ヘッドホンでも使用できます。原理は、減衰させた左チャンネルの音をわずかに遅らせて右チャンネルに混ぜ、同様に減衰させた右チャンネルの音もわずかに遅らせて左チャンネルに混ぜる、というものです。効果はそれほど大きくはありませんが、後述のDSPやドルビープロロジックIIと違って音源を変にいじったりはしないので基本的に元の音のまま聴くことができます。
 また、古いジャズ等の音源には左右の分離が極端なもの(例えばBill Evansの「Waltz For Debby」ではピアノは極端に右端に偏り、ウッドベースは極端に左端に偏っています)があり、こういった音源をヘッドホンで聴くとスピーカーと比べて定位が不自然でしかも普通の音源よりも頭内定位が気になりやすい傾向がありますが、Crossfeedを使うと原理的にかなり明確に前方に定位して頭内定位が気になりにくくなります。
 個人的にお薦めの方法です。

☆DSP(デジタルシグナルプロセッサ)を使用する
 DAP(デジタルオーディオプレーヤー)やPCの音声ファイル再生ソフトに搭載されている頭外定位用のDSPを使用する方法です。
 ピンとこないかもしれませんが、DAPなら例えば「ライブモード」等の名前が付けられているプレーヤーの音質改変機能の一種です。PCの音声ファイル再生ソフトならそのものズバリ頭外定位を謳ったものもあります。この方法は音源をかなり加工するものが多いため、特にクラシック等で音源の音をそのまま聴きたい場合には不向きなことが多いです(ものによっては明らかに劣化します)。自然な音を鳴らすものもありますが、そういうものだと今度は頭外定位の効果が微妙になってきます。
 当然ですが、こういった機能のないCDプレーヤー等では使うことができません。基本的にDAPやPCで音楽を聴く場合に限定される方法と言えます。
 個人的にはあまりお薦めできません。ただし、この方法は今後進歩していく可能性がありますので、期待したいと思います。
 以下に、具体的なソフトをいくつか挙げておきます(効果についてはあくまで個人的な印象です、音源や使用するヘッドホンによって違ってきますし、個人差もあると思います)。

・The Bauer stereophonic-to-binaural DSP
 これは単体のソフトと言うよりもFoobar2000等に組み込むPluginという見方をした方が適切かもしれません(それ以外の使い方も可能ですが)。効果はそれほど大きくありません。やや前方定位しますが、定位の明確さという意味では悪化する印象です。その「大きくない効果」にしても、調べてみたところ音圧が2dBほど(音源や周波数によって異なります)低くなっているため、そのおかげもあるように思います。音の劣化具合は音源によってかなり変わる印象ですが、あまり気にならないレベルにおさまることもあります。具体的には、低域を除くほぼ全域が全体的にやや減衰し、明るさ、明瞭さ、切れといったものに欠ける音になる傾向があります。

・FabulousMP3
 FabulousMP3というソフトのバーチャル・ルームという機能です。この機能は単にON/OFFするだけでなく両耳間遅延やルーム・サイズといったパラメータを調節することによって効果を調整できます。パラメータの設定によっては多少の効果はあるように感じますが、基本的に元の音源とはかけ離れてしまうのが難点です。そういう意味では、今回紹介しているソフトの中で最も悪いです。ただし、パラメータの調節が楽しめるという別の長所はあります。

・音楽をヘッドホンで聴こう!
 これは先ほど説明したCrossfeedをPCのソフトで行うものです。ヘッドホンアンプに搭載されているものと違って細かいパラメータの設定が可能です。パラメータの設定によって効果は変わってきますが、効果が大きくなるように設定すればある程度の効果は感じられますし、FabulousMP3のように元の音源とかけ離れるようなこともありません。The Bauer stereophonic-to-binaural DSPと比べても劣化は小さいと思います。ただし、それにしてもヘッドホンアンプに搭載されているものと比べるとかなり劣化するように感じます。不明瞭になり、切れが悪くなるような印象です。

☆ULTRASONEのS-Logicが搭載されたヘッドホンを使用する
 ヘッドホン専業メーカーであるULTRASONE社のS-Logicは、頭外定位のための独自の手法です。
 ヘッドホンのドライバを真中ではなくオフセットした位置に組み込む等の方法で頭外定位を狙っています。効果についてはかなり個人差があるようです。基本的に通常のヘッドホンとは違った音場になりますし、人によっては受け入れ難い不自然さを感じるようです。なお、HFI系よりPRO系(PRO2500等、ハウジングが円形で大きいサイズの機種)の方が効果が大きいです。
 ただし、ULTRASONEのPRO系は非常に癖の強い音なので要注意です。

☆サラウンドヘッドホンを使用する
 これはマルチチャンネルの音源を聴く場合には有効な方法ですが、通常の2チャンネルの音源を聴く場合には効果はありません。また、ある意味で頭外定位ではありますが、普通にスピーカーで音楽を聴くような形での頭外定位(前方定位)を求めるなら、その効果はあまりありません。それから、通常の2チャンネルの音源であってもドルビープロロジックII等を使用すればマルチチャンネルのように聴くことはできますが、非常に不自然な音になるため通常の音楽鑑賞では使用に堪えません。
 そもそも、サラウンドヘッドホンは音質面で非常に不利です。1/10の価格のヘッドホンと同程度の音質(つまり2万円のサラウンドヘッドホンであれば2千円程度の音質)であることもザラです。
 頭外定位とサラウンドヘッドホンを結びつけて考える人も多いようなので取り上げましたが、通常の2チャンネルの音源を聴くのであれば避けた方が無難です。


 なお、例外としては、PFR-V1(SONYのパーソナルフィールドスピーカー)やK1000(AKGのヘッドホン、生産終了)等、半ばスピーカーであるヘッドホンを使用する方法もあります。これらの機種は音漏れが尋常ではありませんが、スピーカーのような音場ではあります。そこまで極端ではないにせよ、音場が広く前方定位する傾向のヘッドホン、例えばMDR-SA5000やHD800を使用すると、頭内定位が気になりにくい傾向があります。また、安価なヘッドホンの中には妙に頭内定位が気になりやすい機種もありますので、そういった機種を使っている場合には他のヘッドホンに変えるだけで効果がある場合もあります。
 他に頭外定位を狙う小技としては、音量や装着位置があります。音量は小さい方が遠くから音が鳴っていると感じる、つまり頭外定位に近い印象を受ける傾向があります。装着位置は、基本的には前め(耳の後ろがイヤーパッドに接触する方向)の方が前方定位する傾向で、頭内定位が気になりにくくなります。
 最後に、これはヘッドホンで頭外定位を得るという話からは逸脱してしまうのですが、「ヘッドホンを使うのはスピーカーが使えない住宅事情のせいで、それ以外の理由はない、しかしヘッドホンは頭内定位が気になるのが難点」という場合には超指向性スピーカーを使用するという方法があります。超指向性スピーカーとは、狙った場所でのみ音を鳴らすことのできるスピーカーのことです。狙った場所でのみ音が鳴りますから、通常のスピーカーと違って音で他の人に迷惑をかけることはありません。問題は、まだまだ高価で選択肢も多いとは言えない点です(比較的注目されている技術なので、今後急速に発達する可能性はあります)。
 以上のように、「こうすれば頭外定位が得られる!」という決定的な方法は残念ながらありませんが、今回の内容が頭内定位に悩まされている方の一助になれば幸いです。







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